お久しぶり、Jean-Baptiste Maunierくん(以下モニエくん)の情報です。以前もお伝えしましたが、彼は2008年から2009年までアメリカ・ニューヨークのLee Strasberg Institute(リー・ストラスバーグ演劇学校)で演技と英語力を磨き、その後フランスに帰って来ました。フランスではLes Enfoiresという定期的にチャリティーコンサートを行うsinging groupに所属し、Les Restos du Cœurという年1回行われているコンサートに2005年から(コーラスでブレイクした次の年!)ニューヨークにいた2009年を除いて毎年参加しています。
 今年のこのチャリティーコンサートは先月行われたばかりで、Youtubeにそのビデオクリップがアップされていたので紹介します。ただし、このビデオクリップはコンサートのCDやDVDのプロモート用のもので、モニエくんだけの歌声を聴くことはできません。でも、彼の成長した相変わらずの美少年ぶりは健在ですので(笑)、興味のある方はぜひ見てみてくださいね。(下記リンクをクリック!)

Jean-Baptiste Maunier - Dans l'oeil des Enfoirés 2011

 Youtubeは他にもモニエくんが独唱しているビデオなども見ることができますが、私が聴いた限りでは発声法としてはミュージカルに近いかなと思いました。他にもポップス調の曲を歌っているものも見たことがありますし、残念ながら変声後は本格的なクラシック系の発声訓練は受けなかったようですね。歌が本当に好きだったようなので、もしかしたらと期待していたのですが…やはり俳優のほうを優先したかったのでしょう。
 モニエくんは昨年12月に20歳になったばかりです。身長は184cmあるそうですよ。「コーラス」以後は映画よりもテレビ出演(ドラマ)のほうが多かったようですが(映画出演は1回のみ)、ついに映画に再び参加することが決まり昨年11月より撮影をスタートしたそうです。撮影はフランスと中国で行われるそうですが、モニエくんは映画の中で英語もしゃべるそうです。リー・ストラスバーグで学んできた演技力だけではなく、モニエくんがしゃべる英語のほうも興味がありますね!

 さてもう1人、BACのTristan Hambletonくんです。彼は昨年6月にSt John's Collegeを卒業しましたが、現在はドイツのハイデルベルクにある大学に通っているようです。何の勉強をしているのかはわかりませんが、おそらく大学院ではないかと思います。学問を終えた後の彼の活躍にも期待したいですね。
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2011_02_28


 またまた前回から間が空いてしまいました~(><)今日はPatrick編ですっ!!
 Patrickと会ったのは去年の6月、初めてクリケットの試合を観に行ったときです。このときもおそらく元々SimonさんとPatrickが一緒に見に行く予定だったところに、私も誘ってくれたという感じです。このときがBACメンバーに初めて対面するというときでしたし、だいたいそんなことは予想もしていなかったので会う前は本当に緊張しました。
 Patrickはすらりと背が高くスリムで(185cmくらいとのことです)、低めの渋い声で「Very mice to meet you.」と挨拶&握手してくれてもう瞬殺!!というくらい(笑)格好良く素敵な青年に成長していました。それまで知り合いのイギリス人男性と言えば、ホストファミリー関係で付き合いのあった家庭を持っている中年または年配の方か、Damianくん関連のティーネイジャーしかいなかったので(苦笑)、Patrickのような典型的な(?)「若いイギリス人青年」に免疫がなかったせいでよけいに格好良く見えたのかもしれません(笑)。でも、私は彼が少年時代BACのメンバーだったときから、整った顔立ちだなとは思っていましたけどね(^^;)それとテノールを歌っているので勝手に話し声は高めなのかと思っていたのですが、そんなことはなく低めの声だったことにもちょっと驚き。歌っているところを聞いてみたかったです。

 クリケットの試合は午前に始まって夕方まで1日中かかります。時には数日かかることも。試合を見ている最中はピッチャーがどんな球を投げるかとか、バッターがどんな風に球を打つのかなど、一球一球を見逃さずにどんなテクニックを使っているかそれを見極めるのが醍醐味らしく、ピッチャーが球を投げている間に観客同士がおしゃべりをするのは良いマナーではないらしいんですね。そのため、Patrickと一緒にいた時間は長かったのですが、話ができるのはピッチャーが球を投げる合間や、バッターが交代するときなど短い時間しかありませんでした。しかもSimonさんがいるときは2人で会話することが多く、私はもっぱらリスニング練習(笑)。私が聞き取れた限りでは、クリケットの選手の話題やそのときニュースになっていたメキシコ湾の原油流出事故など、様々なことを話していました。前にも書いたかと思いますが、Burrowes家は本当に親子の会話が多く、Simonさんは父親として本当に尊敬されているのだなあと思いました。
 さて、肝心のPatrickとの会話ですが…彼のほうから、「BACのコンサートには来たことがあるの?」と聞いてきました。「残念ながら行けなかったんだけど、今でも日本に行ったときのこと覚えてる?」って聞いたら、「もちろん!忘れるはずがないよ!」と言ってLizzieと同じく生き生きと話してくれました。Lizzie編でも書きましたが、やはり13歳だった自分にとってヒルトンクラスのホテルに泊まったり、毎日タクシーの送迎が付いたりしたことはものすごく貴重な経験だったと言っていました。やっぱりVIP待遇だったことが強い印象に残っているようです。BACでの経験は本当に素晴らしいものだったので、これからも絶対一生忘れないとも言っていました。この言葉を聞いて本当に嬉しかったです。
 あと、「日本では今でもBACのCDを聴いている人がいるの?」と聞かれてもちろんそうだよ、と言ったら、「イギリスでは全くBACのことを知っている人はいないよ」と言っていました。Connorに会ったときに一緒にいた彼の友人が「Connorが日本で有名だなんて信じられない」みたいなことを言っていましたが、彼らのBACとしての活躍が日本だけのものというのもある意味誇らしいですが、やはりもったいないなーと思ってしまいました。それとPatrickは来日した際に野球と相撲観戦に行きたかったらしいのですがそれは叶わず、Simonさんに「なんで連れて行ってくれなかったの!」と文句を言っていました(笑)。Simonさんはスケジュールもきつかったし、だいたいチケットをそんなに簡単に取ることができなかったと言っていました。特に相撲のほうはそうでしょうね。そこで、もしPatrickとSimonさんが次日本に行くことがあったら、絶対相撲と野球に連れて行ってねと言われました(笑)。こんな感じでPatrickはとても気さくでフレンドリーでしたよ。

 その他に、BAC以外のこともいくつか話しました。例えば、イギリス人と日本人で一番違うと思うことは何か、とか。私が日本では気軽にストリートで食べ歩きはしないって言ったら、それは彼も日本に行ってとても驚いたと言っていました。あと、イギリス人は例え午前スタートの試合でもビールを飲みながら観るのが当たり前で、Patrickもビールを数杯飲んでいました。全然酔う素振りはなかったですけどね。私にもビールを勧めてきたのですが、私は飲み会などではない限り普段アルコールは飲まないんです。そのことを言ったら、「どうして?僕は日本に行った時は日本茶に挑戦したし、タイに行った時もタイのお茶を飲んだよ(彼は大学を中退した後しばらくタイに滞在していたらしいです)。イギリスにいるんだからイギリスの習慣に従って飲むべきだよ!」と返され、なるほどと思いつつも結局ビールは飲みませんでした。後から思えばさぞ付き合いの悪い人と思われたかなーと、1杯くらい飲めばよかったかもとちょっと後悔。
 それから、Patrickはとても優しくて紳士的でしたよ。ささいなことなのですが、3人で歩くときは私が端を歩いていると必ずさりげなく真ん中にしてくれたり、私がトイレに行ったときに席がわからなくならないようにわざわざ待っててくれたり、昼食を食べたときに私が食べ終わるのを待ってごみを捨ててくれたり…などなど。あと、クリケットのルールがイマイチわからなくて、試合中観客が盛り上がっても何が起こっているかさっぱりだったのですが、Patrickは一生懸命に説明してくれました、それに、携帯に電話がかかってきたときに彼は席を立ったのですが、戻って来たときに「ごめん、仕事の電話だったから。」ってわざわざ私たちに謝ったんです。携帯に出るのなんてごく当たり前のことなのに、とても礼儀正しいなあと思いました。本当に素敵な青年に成長したものですね(ちょっとオバサンくさい?笑)

 BACの雑誌インタビューなどでは、「いたずらっ子な三男Patrick」と書かれていたり、EdwardのドキュメンタリーでもPatrickのいたずらっ子な面が垣間見れる場面がいくつかありましたが(皆さんもお気付きになりましたか?)、残念ながら私がこの日会った限りではそのような片鱗は見られませんでした(笑)。でも後日Simonさんから伺った話では、やはりPatrickはいたずらっ子というか若干naughtyなところもある子だったんだとわかりました(笑)。確かあるクリスマスの頃の話だったと思いますが、ご両親がConnorの学校のコンサートか何かに出かけるため、当時11歳だったPatrickと9歳だったLizzieが2人で留守番をすることになったそうです。ご両親が帰って来たとき、Patrickは四つん這いでふらふらと階段を上がっていくところで、おかしいと思って近付いてみるとものすごく酒臭かったそうです。何と2人は両親の留守中家の戸棚にあったお酒のボトル全てを飲み干し、べろべろの状態だったそうです。「あんなに酔っぱらった11歳児は見たことがない!」とSimonさんも呆れていました。その後2人は二日酔い状態が抜けるのに3日はかかったとか。
 また、BACコンサートで日本に来たとき、ホテルかどこかのお店か忘れましたが、自動ドアのガラスに突っ込んで鼻を怪我したこともあったそうです。勢い良く走っていたのと、ガラスが透明すぎたのが原因でしょうね。確かその次の日はコンサートを休んだと言っていたような?ご存知の方いらっしゃるかもしれませんね。それと泊まったホテルの朝食がバイキングで、その豪華さにとても浮かれていたPatrickはデザートのメロンを数玉分くらい食べまくり、その後もちろん何度も戻してしまうことになるのですが(苦笑)、レコーディングのときに我慢できなくなって部屋を出て行こうとしたときに、入り口で入れ替わりに入って来た人とぶつかりその人めがけて戻してしまったとか(Simonさんいわく、そのぶつかられた人はいかにもぶつかってくれと言わんばかりの恰幅の良い典型的日本人の体型だったとのことです。笑)。皆さんもこれで彼のやんちゃぶりが想像できることでしょう(笑)。

 それから、LizzieはElizabethの愛称だということを前にお伝えしましたが、PatrickはPaddyと呼ばれています。Patrickの典型的な愛称はPaddyかPatchなのですが、SimonさんもLizzieもConnorもみんなPaddyと呼んでいました。誰も「Patrick」と正統な呼び方はしていませんでしたが、私がPaddyと呼ぶのは馴れ馴れしいかと思って私はPatrickと呼んでいました。でもLizzieのことはLizzieと呼んでいるのだから、別に気にすることないのかな??
 それと興味深いのは、Burrowes兄弟はみんなSimonさんのことを「Simon」と呼び捨てにするんですよ。Patrickはわりと本人に向かってはDadと呼んで、私にSimonさんの話をするときは「My Dad」ではなくて「Simon」と呼び捨てにしていました。また、人混みの中でSimonさんを呼び止めるときもSimon!と言っていました。Patrickはどうやら使い分けているようですが、Lizzieは完全に本人に向かってもSimonと呼んでいましたね。これはイギリスでは普通のことなのかと驚きましたが、もちろん普通ではないとのことです(笑)。名前で呼ぶことで友達同士のような感覚で仲が良くなるのはいいことですが、そのかわり親としての威厳がなくなったりしても困りますよね。何度も言っていますがBurrowes親子は本当に会話が多くて仲が良いのですが、それは単純に友達親子みたいなものではなく、Patrickの紳士的な面を見ても想像できるように、ある面では親と子の一線はきちんと引ききちんとした教育をされていたのだと思います。だからこそ、お子さんたちみんなから尊敬される父親なのでしょうね。Burrowes兄弟に会わせていただいたことで、そのようなこともうかがい知ることができて本当に貴重な経験をさせてもらいました。
 最後に余談ですが、Patrickの歌声は聴くことができませんでしたが、試合を観ている最中何度か横でハミングしているのが聞こえてきました。はっきりとは聞こえませんでしたがおそらく礼拝で歌う曲だったと思います。自然に歌を口ずさむなんてやっぱり歌が好きなんだなーと嬉しくなりました。

 うわーすごく長くなりました。Patrickとはあまり話せなかったので短く終わると思っていたのですが、いつもそんなことはなく結局長くなってしまいますね(苦笑)。筆の遅い私なので色々よそ見をしながら午後いっぱいかかって書きました。ちょっと時間かけすぎ(--;)でも、皆さんにPatrickの逸話を楽しんで読んでいただければ幸いです。
 私事ですが、やっと昨日で一応応募しようと思っていたところ全てに書類を送り終わり、英語面接も終わったので気分的に楽になりました。まあ、一応まだネットでの求人検索はしているので、どうしても平日は仕事が例え5時で終わっても家に帰ってから寝るまでの間の自由時間が少なくなってしまい、ブログの更新が全然できないのが心苦しいのですが…。早く正式に仕事を決めて、思い切り自由時間を楽しみたいものです。
 それでは、ここまで読んでくださった方ありがとうございました。明日からまた一週間頑張りましょう!風邪などひかぬよう、くれぐれもご留意なさってくださいね。
2011_02_20

帰国その後

category: diary  

 帰国してもうすぐ2ヶ月になります。相変わらず就職活動を続けていますが、4月採用のものが多くそれまで2ヶ月以上もぶらぶらしているのも落ち着かないので、2週間ほど前から調査事務の臨時社員の仕事を始めました。期間は3月下旬まででちょうど良かったので。一応英語を使うらしいとのことでこの仕事に決めたのですが、今のところせいぜいリサーチのために英語のサイトを見るくらいです。行政から委託されたあるマニュアルを作るための調査業務なのですが、今のところ大した仕事はなく17時ピッタリに帰れるので夢のような待遇です(笑)。納期が近くなると忙しくなって土日出勤もあるかもという話なのですが、とりあえず今のところはヒマすぎて楽をしています。ただ、1日中パソコンの前に座っているだけなので腰が痛くなるのが困る(><)
 実は以前に日本語エッセイ2つ、英語エッセイ3つを2日で仕上げて送った…という話を書いたと思いますが、何と奇跡的に(?)書類選考に受かって来週面接に行くことになりました。その面接ではまたまた英語の論文試験と英語での面接があり、帰国してからオーストラリア人の友人に会った2回しか英語をしゃべってないのでこれはマズイと思い、先日英語のチャットカフェに行って来ました。でも、帰国してまだ2ヶ月も経っていないのに、思った以上に英語が出てこなくなっていて自分でもびっくり。イギリスにいた頃のように、日常のこととして英語がすらすら出てこなくなったのですね。せっかく「英語脳」になっていたのにすっかり「日本語脳」に逆戻りしていてがっかりしました。でもやはりこれが現実ですね。すっかり自信はなくなってしまいましたが、明日はオーストラリア人の友人が面接の練習に付き合ってくれる予定ですし、とにかくできる限りのことはやろうと思います。エッセイの書き方もすっかり忘れてしまって、練習しないとヤバイのですが練習する気にイマイチならない…(汗)。
 そんなわけで、来週のその面接が終わるまで精神的に落ち着けないので、BAC関連の記事もそれが終わってから書かせていただこうと思います。まあ、実はその他にも諸事情がありましてすぐには書けないかもしれませんが、必ず書きますので待っていてくださいね。

 それにしても、就職活動はやはり難しいですね。私も英語をキープできるよう英語を使う職業に就きたいと思いつつも、正直なところそれは漠然としすぎていて本当は何をやりたいのかというのが自分でもよくわからなくなっています。本当はそれをじっくり考えながら、本当にやりたいと思える求人に出会えるまで根気強く待ちたいところなのですが、いつまでも無収入で親に頼っているわけにもいきませんし(前にも書きましたが思い切って自分の好きなことができないもどかしさがあるので)、4月が過ぎると確実に求人が減るだろうと思うと、どうしても4月までに決めてしまいたいというのがあるんです。でも一度その職に就いてしまうと、そう簡単に辞めることはもちろんできませんし、かと言ってその職に就いたあとに自分がやりたい別の職が見つかったら…と思うと、どうするべきなのか色々と考えすぎてしまいます。
 今はもう、半分なるようになれといった感じですが(苦笑)、とにかく後悔のない選択ができたらと思っています。皆様にもよいお知らせができるようにこれからも頑張ります。

 そうそう、遅ればせながら皆様からいただいたEdwardのドキュメンタリーへの感想を、私の拙い翻訳で恐縮ですが英語に訳させてもらいました。それを近いうちにSimonさんに送ろうと思っていますが、Simonさんに「ぜひEdwardにも見せてあげてください」と頼むつもりです。もしまだ感想をおっしゃっていない方で、1行でもいいので簡単に書いていただける方がいらっしゃいましたら私にメールででも送っていただけると幸いです。あ、もちろん日本語でも英語でもどちらでもかまいません。どうぞよろしくお願い致します。
2011_02_06


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プロフィール

Satomi

Author:Satomi
クラシック音楽が大好き、特にConnor崇拝者です。2010年12月に、1年半のイギリス留学から帰って来ました。日々の生活の様子や音楽関係の話題を中心に綴っていきます。本家Connorファンサイトもどうぞよろしく。

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